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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)209号 判決 1969年10月28日

控訴人

樋口ふく子

控訴人

有限会社樋口商店

控訴人

樋口正雄

代理人

遠藤寿夫

被控訴人

木口勝彦

代理人

清木尚芳

山崎忠志

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実<省略>

理由

一本件手形の手形要件の記載が被控訴人主張のとおりであることおよび被控訴人がみぎ手形の適法な所持人であることは、裏面の成立について争いのない甲第一号証および同号証を被控訴人が現に所持していることによつて認め、控訴会社がみぎ手形の受取人で拒絶証書作成義務を免除して白地式裏書をした第一裏書人であつて控訴人正雄が同手形の拒絶証書作成義務を免除して白地式裏書をした第二裏書人であること、および、被控訴人がみぎ手形を支払期日に支払いを受けるために支払場所に呈示したが、支払いを拒絶されたことは当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人ふく子が甲第一号証の本件手形を振り出したかどうかについて判断すると、<証拠>を総合すると、控訴人正雄は控訴会社の代表者として同会社の経営を独断専行していた者であつて、控訴人正雄の営業上の活動はすべて控訴会社の代表者としての資格におけるものであつて、控訴人正雄個人の資格におけるものではないと推定される(有限会社法二九条参照)こと、控訴人正雄は、控訴会社を経営するために銀行に当座取引口座を開設する必要に迫られたが、控訴会社も控訴人正雄個人も、共に、過去において不渡り処分を受けたことがあつたために同人らの名義で銀行取引を開始することができなかつたので、控訴人正雄の妻である控訴人ふく子名義で訴外株式会社幸福相互銀行堺支店に当座取引口座を開設し、みぎ口座による取引専用の樋口と表示した印判も、新たに、控訴人ふく子が日常使用しているものとは別個のものを作り、みぎ口座を利用して控訴人ふく子名義で控訴会社の銀行取引をしていたのであつて、控訴人ふく子を代理して、同人のために銀行取引をしていたのではないこと、および、本件手形は、控訴人正雄が、みぎ銀行口座を利用する控訴会社の金融取引の一つとして、控訴会社の銀行取引口座の通称である樋口ふく子なる名称を用いて振り出したものであつて、控訴人ふく子を代理して同人のために同人名義の手形の振出しを代行したものではないことを認めることができる。

みぎ認定の事実関係によると、本件手形は控訴会社振出しの手形に該当し、控訴人ふく子振出しの手形ではないから、みぎ手形の振出人としての責任は、控訴会社において負うべきものであつて(大審院大正一〇年七月一三日判決、民録二七輯一三一八頁)、後述のように、控訴人ふく子がみぎ銀行取引について明示または黙示の承認を与えた場合を除いて、控訴人ふく子はみぎ手形振出しによる責任を負わない。

三つぎに、控訴人ふく子が同人の名義をもつてする前記控訴会社の銀行取引について承認を与えたかどうか、および、みぎ承認を与えた場合には、どのような法理によつて、控訴人ふく子は本件手形について振出しによる責任を負わねばならないかについて判断する。

<証拠>によると、控訴会社の営業は比較的小規模で従業員八名で運営されていたが、肥料飼料の製造販売と言う業種の性質上必ずしも控訴人ふく子の関与を必要としていなかつた反面、控訴人正雄と控訴人ふく子とは夫婦であつて控訴会社の唯一の店舗に隣接する家屋に日常起居していた上に、控訴人ら夫婦の生活費は専ら控訴人正雄の控訴会社経営による収益をもつて賄われていたことを認めることができる。みぎ認定事実に徴すると、控訴人ふく子は、控訴会社の営業活動に直接の関与こそしていなかつたものの、控訴会社との取引のために控訴会社の店舗を訪れた来客の接待、控訴人正雄不在の際の控訴会社の店舗の留守番、不在中に店舗にかかつて来た電話の応答等のためにみぎ店舗に出入りし、客の来訪の目的、控訴人正雄の外出の目的、電話をかけて来た用件等に関する見聞を通じて控訴会社の営業状態、資金繰り等を知る機会に恵まれていて、みぎ営業上の資金繰りの必要上控訴人ふく子の名義で銀行口座が開かれ、控訴人正雄がみぎ口座を利用して控訴会社の銀行取引をしていた事実を本件手形の振出しの時以前から知悉していたにもかかわらず、控訴会社にみぎ営業活動上の便宜を供与する意思でみぎ銀行取引を黙認していたと認めるのが相当である。原、当審における控訴人正雄および同ふく子の各本人尋問の結果中みぎ認定に反する供述部分は措信しない。そのほかにはみぎ認定を覆すに足りる証拠はない。

前認定のように、控訴人正雄は控訴会社代表者の資格において同会社のために本件手形を振り出したのであつて、控訴人ふく子を代理して同人のために本件手形の振出しを代行したのではないから、控訴人ふく子が、控訴人ふく子名義をもつてする控訴会社の銀行取引を黙認し、同会社に対し控訴人ふく子名義で手形行為をする包括的な権限を与えていたとしても、本件手形の振出しに関する控訴人ふく子の責任については手形代理の法理の直接の適用はない。

しかしながら、自己の氏名を使用して営業を為すことを他人に許諾した者は、自己を営業主なりと誤信して取引を為した者に対し、その取引によつて生じた債務について、その他人と連帯して弁済の責に任ずべきものであり(商法二三条)、且つ、みぎの許諾を与えた者はみぎ営業に関して振り出された(または裏書された)手形について、手形行為の性質上、たとえ手形上の権利者がみぎ手形の授受を伴う取引についてみぎ手形行為者の直接の取引の相手方ではない等、手形の原因関係に基づいてみぎ手形行為者の責任を問うことができない立場にあり、したがつて手形行為の名義人に対しても商法二三条により手形の原因関係に基づく連帯責任を問うことができない場合でも、手形上の権利者に対し、前記法条の準用により、当然に手形行為者と合同して責任を負わねばならないわけであるから、同様の法理によつて、自己の氏名を用いて銀行取引をすることを他人に許諾した者は、その者をみぎ銀行取引の当事者であると誤信してみぎ銀行取引の一つとして振り出された手形上の権利を取得した者に対し、(たとえ手形代理の法理によつては手形行為名義人の手形上の責任を問うことができない場合であつても、みぎ自己名義で銀行取引をすることに許諾を与えたこと自体によつて、)手形上の責任を負わねばならないと解するのが相当であるところ(この場合にも、手形行為の名義人が取引の相手方に対し、商法二三条の類推適用により、手形行為者と連帯して手形の原因関係に基づく責任を負わねばならないこともあり得るが、本件では被控訴人はこのような手形の原因関係に基づいて責任を問う請求をしていない。)、本件手形は控訴会社が控訴人ふく子名義でする銀行取引の一つとして振り出したものであるから、控訴人ふく子名義で銀行取引をすることを控訴会社に黙許した控訴人ふく子は、被控訴人が本件手形の振出人も控訴人ふく子であると誤信して本件手形の譲渡を受けた場合には、被控訴人に対し本件手形の振出人としての責任を負わねばならない筋合である。

そして、原審における控訴人正雄および被控訴人の各本人尋問の結果とによると、被控訴人は、本件手形を訴外倉橋春雄から取得したが、その際みぎ手形の振出事情の説明がなかつたので、被控訴人は手形面の記載によつてみぎ手形が控訴人ふく子振出にかかるものと誤信してみぎ手形の譲渡を受けたものであることを認めることができる。

そのうえ、被控訴人が、このように信じたことについて重大な過失のあつたことを、控訴人ふく子は主張立証をしない。

以上の理由により、控訴人ふく子に対し同控訴人の本件手形の振出人としての責任を原因として本件手形債務の支払いを求める被控訴人の請求は、結局において、正当として認容することができる。<中略>

七以上の理由により、控訴人らは合同して、被控訴人に対し本件手形額面に相当する金三六万四、八四六円およびこれに対する本件手形の満期日である昭和四二年二月三一日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払わねばならない。そうすると、被控訴人の本件請求は正当であつて、原判決は相当で本件控訴は失当であるから、民訴法三八四条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。(三上修 長瀬清澄 古崎慶長)

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